12話感想
佐子は日本の民間に伝わる話で歌もある。
「路佐子は自分を佐子と呼ぶ」……童瑶『さっちゃん』ではないですかっ。「好物のバナナも食べられるのは半分」「遠くへ行き私を忘れたはず」「とても寂しい佐子」……。まぁそうなんだけど、そんな歌詞だったか?という思いになる日本人視聴者。
タブーは「最後の歌詞を口にするな」。
凌久時はかつてすぐに友達になった一生の友がいたと話す。卒業後連絡がない。むむ?阮瀾燭は「終点に着くまで、そばにいるのは誰か分かるものか。孤独ではない、僕らがいる」と言う。
Xの組織でボスと会う凌久時、人質に取られて脅されるんじゃないかとハラハラしたが、そんなコトはなかった。本物のボスは宅配業者に扮しており、クリアするのが望みで余計な争いは本意ではないらしい。そして案外イイ奴な熊漆、白熊だったりしないよね。
国内に海賊版霊境を作る動きがあり、阮瀾燭はマルクスの「利潤が100%を超えれば資本は法律を潰し、300%を超えれば人間性まで崩壊させる」を引用し、「作り手は金しか頭にない」と言う。また万華鏡を渡してる。
扉の中へ。黎東源が白潔目当てに来て、阮瀾燭に観察してると言われてせっせと下働き。あら、ピンク髪なメガネの人、魔法使いなタイムマシンな建物で見たような? 劉荘翔が帯同しているらしい。
舞台は学校。まずは教室の面積を測り、試験が終わってから修繕するのだとか。なぜかタンスの中に貼られている賞状。
阮瀾燭が便乗して凌久時に「夜襲われたら助けてよ」と言う時のぶりっ子な手が好き。そして黎東源は点数稼ぎに「俺がいる限り傷一つ負わせない」と、妙な三角関係になってるという(笑)。
13話感想
路佐子編、ホラーでかな~り怖いんすけど。やっぱり学校という現代に近い舞台で、血とかビジュアルが見ていられないようぅ。配信禁止になったというのはむしろこのホラー感にあるのでは?
旧社会で娘を学ばせるのは裕福な家庭だけ。まだまだ続くよ、ぶりっ子阮瀾燭のお手々。
譚棗棗は黎東源を好きなのか。凌久時は阮瀾燭に「扉で出会えたのが君で良かった」と言う。
阮瀾燭は「好奇心は猫を殺す、ホラーで真っ先に死ぬのは好奇心旺盛な人だ」ってそうなのか。
記録室の前に掲げられている
「人有不為也、而後可以有為」(『孟子 第8巻 離婁章句下96』してはならない事を決めてこそ、物事を成し遂げられる)
「山徑之蹊間,介然用之而成路;爲間不用,則茅塞之矣。今茅塞子之心矣(『第14巻 尽心章句下』正道を歩いていないと、山道に茅が生い茂るように、心も同じになる)
「至誠而不動者未之有也」(『第7巻 離婁章句上12』真心を持って尽くせば動かない者はいない)
は孟子の言葉。
わりとゲームに関連した言葉のような気がしないでもない。
メガネさんは賞状をはがして、案外あっけなく逝ってしまったけど、しれっと次回の扉でも出てくる無謀キャラだったりして……。
学校には「心と体を鍛え自ら励め/ 鍛炼体魄,自覚自强」の文字。
2組のクラスの中で江信鴻だけが生き残っている。
14話感想
扉の神を見ても生き延びたら、2倍の経験値になるんだろうか?
凌久時、ひとりで記録室なんて怖いよ~。万華鏡を覗いている。
凌久時が追われて歌うよう迫られる場面、長すぎる……。万華鏡があり急に消えた。
路佐子の家は魚売りで、クラスからはいじめられていた。デッドラインは卒業試験。
(つづく)
怖そうな場面では字幕だけ見てたけど、字幕ですら怖い。次回の扉もこんなカンジだったら離脱しそう……。
15話感想
路佐子の親も交通事故死、新聞記者が記事にし、見かけていた竹の籠は路佐子の部屋にもあったもの。少女の笑い声は凌久時にだけ聞こえる。
路佐子は高1の時に転校、成績も良く嫉妬されイジメに遭う。仲間外れを恐れていた江信鴻。路佐子は集合写真にも入れてもらえず。日記を読んでからかうクラスメイト。路佐子は事故に遭い、からかう歌を歌ったクラスメイトは変死をとげる。路佐子はよく表彰されており、宿舎の賞状は路佐子のものなので、剥がすのはタブー。
凌久時は10歳の時に父がリストラで浄化槽の仕事に就き、いじめられていたと話す。父親がくれた万華鏡のオモチャを取りあげられるのをかばってくれたお友達。
「面倒な世界だけど、その人がいるだけで美しく感じる」と言う夏如蓓。
実は江信鴻が牟凱と、路佐子を落とす賭けをしていた。悪質~。日記じゃなくラブレターを読んで水を掛けたのも江信鴻?歌まで? 牟凱は歌を歌っていなかったので死んでいない。
(つづく)
凌久時の過去が見えた回。
16話感想
きゃー、冒頭から怖い。「江信鴻、行かないで」と言う声が聞こえる。凌久時は路佐子から集合写真を手渡される。
歌が始まると怖いよー。
路佐子を小さい頃から知っていた江信鴻。路佐子の両親を事故に遭わせたのは牟凱だった。話が全然違うぞ、牟凱。江信鴻は仲間外れになりたくなくて手紙を渡していた。水を掛けたのは牟凱。牟凱が路佐子の手を振り払い、事故に遭うもそのまま逃亡。
あの歌は江信鴻が偲んで作り、牟凱が歌詞を変えていた。江信鴻は「会いたくても会う勇気のない友達はいる?」と問いかける。
本当の歌詞は「彼女は自立した子、僕にいろいろ教えてくれた、そんな彼女に歌を書いてあげたい」だと、ミュージカル調に歌いだし「脚をあげるよ」と言う江信鴻。すると路佐子は成仏し、鍵が現れる。
凌久時が「感情をもてあそぶものではない」と改まり、黎東源に鍵を譲った阮瀾燭は「白潔はこの僕だ」と伝える。阮瀾燭は子供の頃のことは忘れたと話す。凌久時の「親友はいる?」に、「さっき一緒に扉を出た」と答える阮瀾燭。
(つづく)
怖かったのが終わった。友達・イジメがキーワードなのか。
敵に回ってもいいように使われている黎東源……。
外部リンク