笛の音と琴の調べ

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孤城閉69話最終回感想/詩経 敬之,白居易 売炭翁,范仲淹 江上漁者,仁宗遺詔,灯市のなぞかけ灯謎

いよいよ最終回。ネタばれを目にしないようにとすっ飛ばしてきたOPをようやく見ると「皇子たちは死に、皇位は人の手に」と、歌詞がネタばれだし切ないわ……。「愛する民は太平の世で安楽に暮らす」とあるが、太平な世でも生きていればなにがしか大変な思いはするワケで、なかなか楽でもないかなぁ。「君と親しく過ごせたら」の君は誰なんだろう?

69話最終回

詔が発令され、趙宗全が城へと静かに入って行く。門へ入る直前の所に「清雲」ののぼりが目に入る。

徽柔が陛下に連れられ灯籠作りの家をお忍びで訪問。ドラマ冒頭で陛下ですら梁家を訪れて、初めて見聞きする事ばかりだったのを思い出す。
 埃に咳き込む徽柔を見ると、やはり庶民の暮らしはできそうにもない。そこでは幼子もお手伝いをしており、元宵節に陛下と皇后様、公主を見に行くのがご褒美なのだ。

陛下は徽柔に「皇族が民にとって昼間の太陽であり、夜の星であれたらと願っている。すぐそこに見える光だ。だから諫官たちが糸を操る凧になろう」。徽柔は涙ながらに「毎日働かねばならないとしても、私は懐吉と一緒にいたい」と訴える。

陛下は白居易の『売炭翁』を、范仲淹の『江上の漁民』を教えてやれば良かったと言う。

范仲淹(宋代)《江上渔者》
江上往来人,但爱鲈鱼美。
君看一叶舟,出没风波里。

呉の江を行きかう人たちは、ただ鱸魚のおいしさだけを珍重しているが、しかし、見てごらんなさい、風にさかまく波間に見えかくれする小さな舟にのって、鱸魚をとるために苦労しているあの漁師の姿を。
佐藤保「はじめての宋詩」2012 明治書院

懐吉を手放す決断をする徽柔。「孤城から出て外の世界を見て苦しみや楽しさを感じてもらいたい。懐吉が幸せならもう二度と会えなくていい」と。
 それはかつて陛下が徽柔に願ったことでもあったろうに。

灯市で皇后が陛下に寄り添って歩く。

元宵節での赤い提灯に吊されるなぞなぞを、灯謎と言う。
1.女儿们总要回娘家(打一李白的诗句)→千金散尽还复来。
(娘たちは必ず母の家に帰る)→千金=女儿でもあり、李白の『将進酒』の一節(娘は母の家から去って、また戻る)。

2.尾巴一根钉,眼睛两粒豆,有翅没有毛,有脚不会走(打一动物)→蜻蜓(トンボ)。


流れる音楽「戒めよ、天は全てを見通している。決して意志を変えることなく、高みから世を見守っているのだ」。
天が日々群臣を見守るなら、幼い私は英邁な王となるべく、月日を重ねて学び光り輝こう」。
王者が自分を戒め、かつ群臣の輔弼を求める詩である。

《诗经 周颂 闵予小子之什》
敬之敬之,天维显思。
命不易哉,无曰高高在上
陟降厥士,日监在兹。
维予小子,不聪敬止。
日就月将,学有缉熙于光明。
佛时仔肩,示我显德行

立ち止まったのは、かつての梁家蜜餞舗かな。
陛下は「もしも来世があるとしても、私は皇帝になりたい」と皇后に言う。


嘉祐8年(1063年)。
暗闇で何かを探しているのは……陛下か。第29話で陛下が描いていた皇后の姿絵と、繯児が持ってきた皇后様直筆の書、輿の上の趙禎の絵は、曹丹姝が初めて趙禎を目にした時のもの、これらは懐吉が表装を頼まれていた書画ね。鐐子も実らぬ恋慕を抱いていた時期があったよね。

陛下が亡くなり、「陛下が何より大切にしたのは国の安定と天下の太平、民の安らかな暮らし」と三度唱える茂則。

「朕は42年にわたり国を統べたが、徳が薄く祖先の大業を継げぬのではと恐れてきた~」は仁宗の遺詔。

《宋仁宗遗诏》
朕荷国大统四十有二年,尝惧菲凉,不足以承祖宗之鸿烈。然兵休民靖,底于丕平,顾朕何德以堪之。乃自春已来,积勤爽豫,今至大渐,恐不得负扆以见群臣。皇子某,以天性之爱,朝夕寝门,未始少懈,况聪知明睿,朕素有承嗣之托矣,夫岂不顺天人之望哉,可柩前即皇帝位。皇后以坤仪之尊,左右朕躬,慈仁端顺,闻于天下,宜尊皇后为皇太后。应诸军赏给,并取嗣君处分。丧服以日易月,山陵制度,务从俭约。在外群臣止于本处举哀,不得擅离治所,成服三日而除。应沿边州镇皆以金革从事,不用举哀。於戏,死生之际,惟圣为能达其归。矧天之宝命,不坠于我有邦。更赖文武列辟,辅其不逮。朕何慊焉,咨尔中外,体予至怀,主者施行。


耶律洪基が遼とおぼしき北の大地から、仁宗の死を悼んでいる。遺詔の「太子は生まれつき愛情深く~」と、趙宗全の事を読みあげられている所で画面が洪基に切り替わるのが、洪基にもあてはまる描写に思えてニクイ演出。

「韓琦は3代の皇帝に仕え熙寧8年(1075年)に逝去、神宗はその功をたたえ石碑を贈った」。

「欧陽修は熙寧5年(1072年)に永眠、数々の著作を後世に残した」。


暄姸学堂(けんけん)。暄姸は気候も温かく、風光明媚なこと。

春を告げる鳥の声も聴きに行けないからと凧に絵を描いている徽柔。
父上に教わった詩は
哀れむべし、身上の衣は正に単。炭の賤きを憂い天 寒からんと願う」。

白居易(唐代)《卖炭翁》
卖炭翁,伐薪烧炭南山中。
满面尘灰烟火色,两鬓苍苍十指黑。
卖炭得钱何所营?身上衣裳口中食。
可怜身上衣正单,心忧炭贱愿天寒
夜来城外一尺雪,晓驾炭车辗冰辙。
牛困人饥日已高,市南门外泥中歇。
翩翩两骑来是谁?黄衣使者白衫儿。
手把文书口称敕,回车叱牛牵向北。
一车炭,千余斤,宫使驱将惜不得。
半匹红纱一丈绫,系向牛头充炭直。


徽柔が書を記すのを、皇后が詠じる。牛車が歩む中、空高く飛んでいる凧の鴬は、徽柔が描いていたものだろうか。
皇帝が即位し宮中の小門を出る。朝玉座に座り、昼皇宮の門を開く」。

生徒が唱える声となる。
相交わりて伝え合う、皇帝の神明なるを、臣下は皇帝を敬い、責務を果たす、四夷も奔走し、敬意を捧げる、相交わりて伝え合う、皇帝は神武なりと
で外をみやる懐吉。

兵を解き朝貢し、属国とならん。皇帝の一挙に群臣は畏れを抱き…」
で陛下の石介についての言葉を思い出す懐吉。

そして拝礼する。

石介(宋代)《庆历圣德颂》
皇帝龙兴,徐出闱闼。晨坐太极,昼开阊阖
(略)
交相告语,皇帝神明。四时朝觐,谨修臣职。
四夷走马,坠镫遗策。交相告语,皇帝神武
解兵修贡,永为属国。皇帝一举,群臣慑焉。
诸侯畏焉,四夷服焉。臣愿陛下,寿万千年。

趙禎は君主として最も大切な仁を備えていたと、「宋史」に記されている」。

『宋史 巻十二 本紀第十二』
在位四十二年之间,吏治若偷惰,而任事蔑残刻之人;刑法似纵弛,而决狱多平允之士。国未尝无弊幸,而不足以累治世之体;朝未尝无小人,而不足以胜善类之气。君臣上下恻之心,忠厚之政,有以培壅宋三百余年之基。子孙一矫其所为,驯致于乱。《传》曰:"为人君,止于仁。"帝诚无愧焉


EDは曹皇后の歌ではあるが、徽柔の思いに聞こえてならない。
ED最後の映像は美しく咲き誇る蓮の花と水面。
(完)

最終回ながらも、しみじみと静かに幕を閉じていった。
締めは石介の『慶暦聖徳頌』なのね。

趙禎と曹皇后については、第68話で曹皇后が汁物を一気飲みして、趙禎が口元を拭く場面で私の中では満足だったせいか、最期の趙禎を皇后が抱いていても「火、火が燃えてるから、消して」とそちらばかりが気になってしまった。お蔭で茂則が同じ台詞を三度も繰り返すなぁと思ってしまったよ……。丹姝の中の「皇后」に呼びかけていたんすね。

もう一度見直してようやく、あの火は言葉にはされてこなかった情念の炎のようなもので、少なくとも誰かに消火されるものではなかったね……。
 「一緒に逝きたい」と曹丹姝自身な思いに浸る間もなく、皇后として指示していかなくてはならない責務よ。

そして最後まで瑞々しい懐吉と徽柔であった。

ここへきて徽柔が灯籠作りの家に同行して、感じるものがあった様子なのを見ると、徽柔には実践力があるので、もっと市井の暮らしを見聞きしていたら、いろいろと吸収できていそうだったなぁ。もっとも公主に求められるものはこの時代、そういうものでもなかったか。このドラマの徽柔は、負うべき責任を担った方が応えてくれそうなだけにやりきれない。

仁宗崩御で壊れてしまった様子の徽柔が、なぜに懐吉がいるとおぼしき建物に向かって手を振っているのか初見時は分からなかった。父親の死をわからないのはフリではなさそうだが、学堂を見る徽柔は意味する所をわかっているように見えるし、『売炭翁』のことも覚えている。
 となると徽柔は父の死に向き合う事はできないものの、その直前までの父とのやり取りまではなんとなく覚えていて、それを今も守っているのか。

降嫁や懐吉の件によってヒビが入っていた徽柔を砕けさせたのは、父 趙禎の死。懐吉が傍にいればなんとか乗り越えられたのだろうと思うとやるせない。
 徽柔が父の死を否認するのは、父娘の間柄が密であったのはもちろんのこと、公主であるというアイデンティティや自分が父を苦しめてしまった罪悪感も強いのか。
 そういえば趙禎は「私がいる限り、懐吉が傷つくことはない」とも言っており、その言葉がどこかに残っていて、父がいない=懐吉を守ってもらえない、という思いがあるのだろうか?
 皇帝の公主という身分とは異なり、長公主となったならば元亨との密かな交流も可能な気がしないでもないが、もう徽柔には現実は耐えられず己の孤城に閉じこもるだけ。

その孤城では忙しいであろう父を思って絵を描き、父に言いつけられた詩を暗唱するという、かつて幼い頃の良い子な徽柔そのままなのが何とも言えない。

それは恐らくかつて父が望んだ娘の姿。でも成人した娘がその姿なのは、父亡き今は哀れではないのか。

もっとも史実に伝わる公主は、仁宗により李瑋に再婚させられかなり悲惨らしいので、ドラマの方が愛する母と嫡母に囲まれて穏やかな日々なのは救いであろうか。

徽柔がなぜに学堂を訪れたのかは不明だが、喪に服している時は「懐吉と共に絵を描きたい」と言っていた。父の死以前の事はまだらに思い出し、「懐吉がどんな所に住んでいるのか、遠くから一度だけ行きたい」とでも皇后たちに頼んだのだろうか。

徽柔の胸には蝶のペンダント。蝶と言えば「梁祝化蝶」の、梁山伯と祝英台の物語なのかしら。

そして手を振ったのは、影であった懐吉に
「来たよ」なのか
「元気?」なのか
「ばいばい」なのか。

やっぱり
「懐吉/ huái jí」かな。


もはや影も映らない凧は、ふんわりと空を舞っている。
その空高く揚がった凧が、懐吉の目に留まってくれていたらいいな、と思う。


ドラマ完走記は長くなるので次回にまとめます。

 

 

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