「魔道祖師」「陳情令」は架空のファンタジー世界であるが、実際の中国にちなんだと思われる部分もある。今回は姑蘇藍氏にまつわる中国との関連について辿ってみる。
1.姑蘇と呉語
姑蘇藍氏の姑蘇(gū sū / こそ)は、漢詩でもよく見かける地名であり、かつての呉の都とある。現在で言えば江蘇省蘇州市にあたる。
また彩衣鎮では姑蘇なまりがあるとされているが、実際に「呉語(呉越語)」と呼ばれる言葉があるようだ。代表的なのが上海語らしい。
2.雲深不知処
唐の賈島『尋隠者不遇』に、雲深不知処(yún shēn bù zhī chù / うんしんふちしょ)が出てくる。
唐 五言絶句 賈島『尋隠者不遇』
松下問童子 言師採薬去
只在此山中 雲深不知処
松の木の下に立っていた召使いの子どもに、「先生は」と問いかけると「薬草を採集に出掛けました」と答える。
どうせこの山中にいることだろうが
なにぶん白雲が深くたちこめているので、そのありかがわかりかねる。
山田勝美「中国名詩鑑賞辞典」1985 角川書店
松や白雲は隠者のシンボル、薬草は不老長寿を表わしているそうだ。
これは招隠詩(隠者訪問をテーマとする詩)と呼ばれるもの。孤高・自由に生きる隠者の生き方そのものをあらわしている。
左思の『招隠詩』には、「丘の一角から響く琴の音でその存在(隠者)を示した」という一節もあり、琴の音と隠者との結びつきもうかがえる。
雲深不知処がどんな所か、というイメージが広がってこないだろうか。
3.「小橋流水 枕河人家」と「盡枕河客棧」
アニメで聶懐桑が詠じる「水のせせらぎ 川辺での暮らしの営み」は、中国語では「小橋流水 枕河人家」となる。
これはもともと唐の杜荀鶴(とじゅんかく)『送人遊呉』人の呉に遊ぶを送る、にある。
唐 五言古詩 杜荀鶴『送人遊呉』
君到姑蘇見 人家尽枕河
古宮閑地少 水港小橋多
夜市売菱藕 春船載綺羅
遙知未眠月 郷思在漁歌
この詩から「小橋流水 枕河人家」は、長い水路と多くの橋を有する水の都・蘇州の呼び名となり、江南のイメージをあらわす。
陳情令第3話,5話で彩衣鎮に出てきた「盡枕河客棧」という宿屋は、この「尽枕河」にちなんでいると思われる。
4.藍氏双璧
姑蘇藍氏が誇る藍曦臣と藍忘機は、藍氏双璧(shuāng bì)と呼ばれ名高い。
璧(へき)とは、穴のあいた丸い玉器。双璧とは一対の玉、すなわち完璧な人や物の一対をあらわす。
双璧の出典は、北魏の正史を魏収が編纂した『魏書』40巻の列伝第28『陸俟伝』(りくし)(『北史』も同様)とされている。
北魏の陸凱(りくがい)の子、陸暐と陸恭之のことを評した言葉。晩年のこのふたりは折り合いが悪い(暐与恭之晚不睦)とあるような……。ま、歴史書ですしね。陸俟伝の陸俟は、陸暐と陸恭之には曾祖父にあたる。
『魏書 / 北史』・『陸俟伝』
長子暐,字道暉,与弟恭之併有時誉。
洛陽令賈禎見其兄弟,歓曰:“僕以老年,更睹双璧。”
(北史だと、嘆曰になるような?)長男の暐、字・道暉と 弟の恭之は誉れ高かった。
洛陽令 賈禎がこの兄弟に会い、言った。
「やつがし(僕)は老齢にして、双璧をまのあたりにした」
ちなみに雲夢江氏の「双傑」だが、こちらは出典が辿ることができないので、おそらく作者の造語と思われる。双璧と同じく、ふたりの傑物(傑出した人物)という意味なのではなかろうか。
🐰五大世家の拠点紹介①🐰
— アニメ『魔道祖師』公式 (@mdzsjp) 2021年1月27日
姑蘇藍氏 雲深不知処
(こそランし うんしんふちしょ)#魔道祖師アニメ#魔道祖師 pic.twitter.com/eQCS6JGSj8
アニメ魔道祖師の蔵書閣は、右上の建物。
5.蔵書閣と家規
現存する中国最古の蔵書閣は、江蘇省寧波市にある明代に范欽(はんきん)が建てた「天一閣」である。この天一閣を調べていると、興味深い逸話にいきあたった。
なんでも膨大な蔵書を守るために、とても厳格な家規が定められ、本を外に持ち出さないことはもちろん、禁煙飲酒後の入室禁止、女子禁制、外姓人(姓が異なる、一族でない人)もダメ。そして無断で人を入れると厳しく罰せられ、先祖祭祀(与祭)できなくなるとか。(罰は3回、1年、3年、永久とランクがあるよう)
本を手にとるには子孫が揃わないといけないという厳重ぶり。また長男の范大冲は、遺産相続の際、蔵書楼と銀貨との選択で、蔵書楼を選んだともある。
本好きの女性が范家に嫁ぐも、一生入れる事はなかったという、深く同情してしまうエピソードまであったようだ。
家規というのは厳格なものとは思うが、蔵書閣と関連づけられると、なんだか藍氏家規のルーツに重なって思えてくる。
またひとつ、気になる中国スポットが増えてしまった。
▼陳情令19話&43話の台詞について。
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★天一閣は載っていませんが美しいので