14話漢詩&感想
公主の誕生で梁元亮も恩赦、曹皇后は生姜湯を飲ませるように張茂則に言い、名前も梁懐吉となる。
公主誕生に喜びあふれる陛下が配っていたのは浴儿包子と呼ばれるもの。生後3日目に沐浴である洗三礼が行われ、その儀式に参加した大臣たちに洗儿钱を渡し赤ん坊を祝福する。
しかし早速「咸平5年皇子が身罷り、先帝は商王第三子を養子に迎え皇子として育てた」と臣下たちが進言。
瓊州の献上品から、公主へ鶏の卵大の夜明珠が2粒贈られる。
曹皇后が陛下に、弟の妻が鹿肉を持ってきたので干し肉をあぶって墨曜を飲まないかと声をかけると、探りに来たのかと勘ぐられ……。
張妼晗が歌い踊る。
花明るく月暗くして軽く露が籠もり、今宵こそ君の元へ向かいてゆくに。足袋裸足にて香階を歩み、手には提ぐ金縷の鞋。書堂の南畔に見え、しばし人に寄り添いて顫う。私は出で来ること難きがため、君をしてほしいままに憐おしましむ。
五代十国時代 南唐 第3代国王 李煜(りいく)の詩。ナント李煜は皇后(周娥皇)が病の時に、一回り年下の皇后の妹(小周后)と逢瀬し詠んだという……曹丹姝はそれよりはマシなんやろか……。
李煜『菩薩蛮 花明月暗篭軽霧』
花明月暗笼轻雾,今宵好向郎边去。
刬袜步香阶,手提金缕鞋。
画堂南畔见,一向偎人颤。
奴为出来难,教君恣意怜。
うわ、この鬱屈した中で張妼晗に会っちゃったら、皇后と酒を飲むより気晴らしになっちゃうよね……。でも皇后を応援してるよ。
む、張妼晗に黒い外套をかけた。皇后には赤で鳳凰、黒ならば烏か?この教習の賈玉蘭は張妼晗を助太刀するが、何か目論んでいるのか?
火鉢に投げられた推しアクスタ(木像)を返す茂則。「天意」と言うのが精一杯なのね。曹皇后の涙が悲しくて、EDの歌詞が沁みる沁みる。
この閉塞感はドラマタイトルから察してはいたが、これがずっと続くのか?なんだか息苦しいぞ。
15話漢詩メモ
あれよあれよと梁元生の訴えから、呂夷簡失墜までになってしまった。それにしてもおじの妻、貧しさから泣く泣く梁懐吉を売ったのかと思いきやブローカーかぃ。
世永様がしとめた鹿よりも、曹皇后の鹿の肉の方が美味しい。陛下とは同い年。
童子隊には銀子と霜糖獅子1対に砂糖漬けが褒美として渡される。佳人剪牡丹舞は中止になってしまった。
せっかく陛下が皇后の所に来ても、なぜに禾児にもらった花果茶なんだ。曹丹姝の「堅苦しいかしら?」もそうなんだけど、こう、タイミングがものすごく合わないよね。そういうドラマなんだけど。似た者同士すぎて補いにくいのかなぁ。
張妼晗が舞い踊る。
あなたが天上の雲ならば、私は雲の中の鳥。互いに寄り添い日に映じて風に御す。
《踏歌》
君若天上云,侬似云中鸟。
相依相随,映日浴风。
君若湖中水,侬似水心花。
相亲相怜,浴月弄影。
人间缘何聚散,人间何有悲欢,但愿与君长相守,莫作昙花一现。
曹丹姝も張妼晗も陛下への思いは同じなのに、性格と役割ゆえに表現の仕方が正反対になっている……。そして張妼晗のやり口はなぜにやたらと残忍なんだ。腹を立てても熱湯かけたらあかんよ。そしてEDが今度は張妼晗の思いに感じられなくもない。
16話漢詩メモ
宰相に誰が適しているのか論じ合う官僚たち。
道行われざるや我これを知る。知者は過ぎ愚者は及ばず。道の明らかならざるを知る。賢者はこれに過ぎ不肖者は及ばず。
孔子『中庸』
子曰:“道之不行也,我知之矣,知者过之,愚者不及也。道之不明也,我知之矣,贤者过之,不肖者不及也。人莫不饮食也,鲜能知味也。
賈教習と夏竦の情事とな!!「才知では決まらぬのが男女の愛、夫婦の情」と、この御仁から聞く事になろうとは……。
『鷓鴣天』
日がな一日眉を引き心ここにあらず。戦に赴くあなたの姿を愁い見る。ただ郎君の心を傷つけるのを恐れ、あふれる涙を押しとどめる。郎君が去るのを知りたくはない。
夏竦(宋代)《鹧鸪天·镇日无心扫黛眉》
镇日无心扫黛眉,临行愁见理征衣。尊前只恐伤郎意,阁泪汪汪不敢垂。
停宝马,捧瑶卮,相斟相劝忍分离?不如饮待奴先醉,图得不知郎去时。
梁懐吉が御書院付きとなった。
韓琦は「紙1枚で4相辞任」と史書に載るだろうと言われている。
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