魏無羨の「無衣」「同袍」と詩経「無衣」
陳情令第8話で、魏嬰が藍湛に繰りだした法術「無衣」「同袍」。
これは『詩経』の秦風「無衣(ぶい)」にある。
『詩経』の秦風「無衣」
豈曰無衣 与子同袍。
王于興師 修我戈矛
与子同仇。豈曰無衣 与子同澤。
王于興師 修我矛戟
与子偕作。豈曰無衣 与子同裳。
王于興師 修我甲兵
与子偕行。そなたに衣が無いというわけではないが
そなたと袍(わたぎ)を一緒にしよう。
王がいくさを興(おこ)された。
わが戈矛(ほこ)を整備して
そなたと共に仇を同じくして
これを征伐しよう。
そなたに衣が無いというわけではないが
そなたと共に襦袢(肌着)を一緒にして、難苦を共にしたい。
王のいくさが始まった。
わが戈矛を整備し、みがいて
そなたと共に起って出征しよう。
そなたに衣が無いというわけではないが
そなたと袍(もすそ)を一緒にしよう。
王がいくさを始まった。
わがよろいや武器を整備して
そなたと共にふるって行こう。
高田眞治「詩経上」集英社,1996
術名はこの詩第一章の「無衣」「同袍」から取られており、実際この時の魏無羨と藍忘機は、陰鉄を温氏より先に見つけだし鎮めんがため、行動を共にしていた。「袍」とは筒袖の上着を指す。これはドラマの第13章の玄武洞にて、魏無羨が自分の上着を眠った藍忘機にかけた場面がある。そしてふたりで力を合わせて屠戮玄武も倒した。原作では魏無羨が藍忘機に渡したのは中衣なので、ドラマの設定である。
陳情令第10話で、この符を薛洋にしかけて、薛洋は「道連れ/同死」と名付けてはと言っていたが、「同~」に掛けている辺り、薛洋の切り返しも妙である。
魔道祖師にはないので、この法術は陳情令オリジナルとなる。
さて、興味深いのは第二章である。
のちの陳情令第42話、雲深不知処の静室にて、負傷した魏無羨は藍忘機の白い襦袢衣を着て目覚める。魏無羨が白い衣装を身につけている珍しい場面であり、印象深い。
そしてほどなくして温寧と合流して乱葬崗へ行き、第45話仙門世家が揃う中、傀儡が襲ってきて、魏無羨は藍忘機と共に戦う、胸熱くなる場面がある。
これは「無衣」第二章の「同じ襦袢」「連れ立って出征する」の意味にかかっているのである。
しかも、魏無羨は、この藍忘機の襦袢に己の血で呪符をしたため、自分が開発した招陰旗と自ら化しておとりとなり、藍忘機を背にして戦うのである。熱い、熱すぎる!!
この漢詩からみても、陳情令での過去世と現世が対になっているのである。
これらから「同袍同澤」という四文熟語も生まれ、服を共にして助けあった友人、苦労を共にした親密な友人、戦友の意味がある。
おまけにこの詩の解説を読むと、一般的には「秦人の交戦を好む」を詠じたとある。しかし秦風に入っているが、西周の詩とする説もあり(帆足万里)、この戦は王=周という正義の戦であるといった趣旨のことが書かれている。物語は王や周とは関係がないが、そういった天下の大義の戦も詠っているのかと思うと、意味深く思えるのだ。
ちなみに、この詩は上記の通り第三章まであり、第三章で共にするのは「裳:もすそ、袴、スカート状の下衣」である。
これは陳情令最終回その後のお話なのかもしれませぬ。
おまけ
『文選』の「古詩十九首/凜凜として歳雲に暮る」にも「無衣,同袍」が出る詩がある。
『文選』巻二九「古詩十九首」第十六首
凜凜歳雲暮 螻蛄夕鳴悲
涼風率已厲 遊子寒無衣
錦衾遺洛浦 同袍與我違(略)
冷風も急にはげしく吹き初める時候なのに
旅に出たわが夫は寒さをおおう衣も無いことであろう。
新婚当時の綿のしとねをこの地洛浦に空しくのこして
私をすてて、あなたは今は一つ袍を共にするという情愛に背いてしまった。
遠く旅に出ている夫を思う妻の詩で、
「同袍」の解説に、窮迫した生活で袍を共用するような朋友を意味する語であるが、ここは夫婦の意とある。
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