笛の音と琴の調べ

ドラマ「陳情令」・「魔道祖師Q」・小説/アニメ「魔道祖師」の感想や考察を綴っているブログです。「君花海棠の紅にあらず」とアニメ「天官賜福」もはじめました。

魏無羨・魏嬰の意味由来⑮史記魏公子列伝 老子 中国詩歌

陳情令・魔道祖師と中国文学シリーズ。
需要はさておき、当人には楽しいので細々と続けている中で、ダントツにアクセス数が多いのが「含光君と藍忘機」、次いで「詩経枇杷」。さすが主人公たちは強い。

そうなるとわれらが主人公・魏無羨についても載せたいところだが、いまひとつよくわからずであった。諸説あるとは思われます~。が、この度、原作小説の章立てを調べる中で、「驕矜」から行き当たった「魏公子列伝」が興味を惹いた。

魏無羨について

(あざな)である無羨。読み方は「wèi wú xiàn」である。

まずは『史記巻88 魏公子列伝第17』を紹介したい。

この列伝名にもなっている魏公子は、戦国四君のひとり信陵君 xìn língである。三国志など中国歴史好きの方にはお馴染みの人物。史記の中でもこの魏公子列伝は、ひときわすぐれた文章として知られているそうだ。
長文なので関連とおぼしき部分を抜粋してみる。

まず信陵君である魏公子の名は「無忌」なのだ。忌は jìである。

この魏無忌は、魏の昭王の末子で、昭王が亡くなった後は信陵君となる。夷陵老祖 yí líng lǎo zǔ の「」と一字が同じ漢字の号なのも面白い。信陵は現在では河南省商丘市。

人柄は仁愛に満ち、賢く、わけへだてなく接するので食客も多く抱えていた。
世に知られていない【世莫能知】賢者である肉売り【屠者】朱亥とも知り合う。

公子のは趙の平原君の夫人であり、秦が趙を攻めた折に救援を求められる。
義兄の魏王が救援に同意しないため、公子は軍を動かす虎符を、かつて公子の恩を受けた如姫より渡される。しかし魏の将軍は兵符を見ても納得せず、肉売りの朱亥が鉄槌で将軍を撃ち殺す。そうして公子は秦軍を撃退した。

これらから信陵君には【窃符救趙】という言葉があるほどで、「(盗んだ)兵符を用いて自国を守った」ということなのだ。虎符は兵符のこと、虎が描かれている。

その後、自分の功績を誇りにする公子に対して、とある食客が「他人があなたに与えた恩義は、あなたは忘れてはなりません。あなたが他人に与えた恩義は、あなたに忘れてほしく思います」と説いた。原作113章では母・蔵色散人が幼い魏嬰に教えていた。そして公子は公という飲料売りとも親しく付き合うようになる。

公子は将軍となり、その威風が天下に振るい、諸侯の賓客たちが兵法の書を献呈してくると公子の名をつけ、「魏公子兵法」と呼ばれた。秦王は魏王に誹謗を吹き込み、公子は将軍の座をとかれる。参内しなくなり食客たちと四年間酒盛りをし、とうとう酒のために亡くなってしまったとある。やがて魏は秦に滅ぼされるが、毎年の季節ごとに公子の祭りがおこなわれたそうだ。
水沢利忠「新釈漢文大系89巻史記九(列伝二)」1993 明治書院

 

」という漢字自体は、「羨む」「ほしがる」「よこしま、曲がった行い」とある。
」がつくので「~ない」と否定する意味となるのだろう。

また、「羨 xiàn」と「 xiān」のピンインは異なるが音が似ているのも気にはなっている。

魏嬰について

名である「 yīng」。

老子』に「嬰」が出てくる章があるので、そちらを紹介する。「老子」の解釈は難しいので、さわりだけ記しておく。

老子 第10章

(略)
專氣致柔 能兒乎
(略)

気を専らにし柔を致して、能く児たらんか。

この気、生命エネルギーを統一純化して行き、嬰児のように柔軟であるならば、いつまでも固化しない。
山室三良「老子」1967 明徳出版社

 

老子 第28章

(略)
爲天下谿、常徳不離、復歸於兒。
知其、守其、爲天下式。
(略)

天下の谿と為れば、常の徳は離れず、児(えいじ)に復帰す。
そのを知りて、そのを守れば、天下の式(のり)と為る。

天下の渓谷となるならば、永遠の徳が我が身をはなれないだろう。
徳が我身をはなれないならば、赤ん坊の自然さにもどれるだろう。
を知りを守れば、天下の模範となる。そして常徳たがわず宇宙の本体に復帰する。

功利の念も我欲もない幼な児に、宇宙の全い姿を見、嬰児こそ人間本来のすがたであるとも述べられている。

魏無羨が師姉に「羨羨は三歳」と言っていたのは、嬰児という観点からすると、案外と意味深い表現なのかもしれない。発言自体はあまりそんな場面ではなく、なにやら師姉と恋バナをしているように見えなくもないのだが。

また、ここで(知・善性・明るい世界・反射して染まらない)と
(愚・悪性・暗い世界・吸収してのみこむ)が出てくるのも面白いのだ。 

なににも染まらず己の志した道をひた歩む藍忘機と、
様々なことを受けいれ背負いこんでしまう魏無羨を思わずにはいられない。

おまけ その1

日本語では「嬰記号」の「嬰」は、音楽用語の「♯ シャープ/半音高い音」となる。イメージ的になんとなく面白いのだが、残念ながら日本語表現だけのようだ。

おまけ その2

話は飛ぶが、アニメ銀河鉄道999」第49話「これからの星」の回。鉄郎たちはこの星の宿泊先にて台風に遭い999のパスが飛んでしまうが、星の人から疑ってしまうほどの親切を受けるという話がある。

さいごに鉄郎から「どうしてパスを使って999に乗ろうと思わなかったんだい」と問われ、なくしたパスを探して届けてくれた宿の人は言う。

「そんなもの欲しくないわ。ここには人の持っているものを羨ましがる人はいません」
「人の持っているものでわしらの手に入らんものはない。いつかきっと手に入る、そう信じている」
「この星だって昔は草も木もない荒れ果てた星だった。それを働いて働いてここまでにしたんだもの」

その言葉と、この星の人々の生活から、乱葬崗での魏無羨や温氏の暮らしぶりを思い出していた。
望むものが手に入る可能性と羨むことの関連はひとまず置くとして、羨むことのない世界、というものの一端を感じられたので、ここに記しておく。

 

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▼Prime Video/上記の台詞は20分過ぎあたり