笛の音と琴の調べ

ドラマ「陳情令」・「魔道祖師Q」・小説/アニメ「魔道祖師」の感想や考察を綴っているブログです。「君花海棠の紅にあらず」とアニメ「天官賜福」もはじめました。

魔道祖師日本語版小説感想 第2巻/詩経

アニメ魔道祖師羨編編と魔道祖師Q字幕版が一気に最終回を迎え、なんだか少し気が抜けてしまった。約半年ほど毎週日曜に更新していたので、これも一種のロスなのかな。

第2巻について

第2巻は第1巻と同時に2021年5月27日に発売された。

第2巻表紙は、芍薬を手にしており、魏無羨が含光君を見かけて戯れに投げた第71章の場面である。第2巻にも陳情令にもこの場面は出てこないのだけれど……。表紙見返しもチェックする。

表紙カバーを外すと、濃ピンク色であり、裏には暁星塵霜華宋嵐拂雪のイラストが描かれている。帯のコピーは「心が、恋しい人を呼ぶ」と、とっても素敵。

第2巻は原作では第58章途中までとなっている。蓮花塢の途中まで。
アニメ羨雲編まで視聴した方は、第十一章から読み始めればアニメ前塵編と合流できる。

第2巻感想

第2巻は、義城編を読み終えたところで、ひどく疲れてしまった。
そしてお酒の場面は、初めて読んでいた時「おぉ~」とときめいたものである。

今回、日本語版2巻を読んで印象に残ったのは、聶明玦であった。この巻の陳情令で強く印象に残るのは、義城とお酒と玄武洞であったが、今回2巻を読んで聶明玦の人となりがかなり掴めた。反面、藍曦臣の存在感が薄いように感じた。原作で読み飛ばしていた部分の印象が強くなるので、そう思ったのかもしれないが。

ここからはネタばれとなるので、未読勢はご注意を。

第八章 草木

義城編のつづき。

章のタイトルと中国文学との関連とおぼしきものも挙げたが、参考程度に。
草木は、

杜甫『春望』

国破山河在 城春草木
(略)

国都長安は賊のために破壊されてしまったが、自然の山河はもとのままで少しもかわりなく存在している。
町はちょうど春で、草木が茂っている。
「新漢語林」大修館書店

が由来なのだろうか。
”人間および人間の作ったものははかなく、自然は永久に変わらない”の意。

また『老子 第76章』では、次のようなのもある。

草木之生也柔脆、其死也枯槁。
故堅強者死之徒、柔弱者生之徒。

草や木が生きているあいだは柔らかでしなやかであり、死んだときは、くだけやすくかわいている。
だから堅くてこわばっているのは死の仲間であり、柔らかで弱々しいのが生の仲間である
小川環樹老子」2005 中央公論新社


薛洋が夷陵老祖を褒め称え、魂を修復させようとする場面で、魏無羨の「なぜ魏無羨を知らない人たちは皆、本人に代わって勝手に訳のわからない自信を抱いているのだろう」という表現が言い得て妙だった。

屍変者は跳んで進むことしかできず、高い敷居につまずくのか! キョンシーのあの動きはそういうワケだったのか。

薛洋が自分の昔話をする時に、「阿箐にウサギの耳がついていたら、きっとピンと立っていたに違いない」という表現が、想像できるだけにカワイイ。

宋嵐が薛洋を罵ろうとするが言葉が出ない様子を見て、「教養のある奴らは、人を罵る時に、似たような言葉の繰り返しで斬新さもなければ効果もない」と揶揄しており、そういえば座学時代の蔵書閣で、藍忘機も言葉が出ていなかったのを思い出す。

いまわのきわの宋嵐が、暁星塵に敢えて剣を触れさせなかったのが、その心情に泣ける……。

薛洋が暁星塵に「お前は自分自身すら救えやしねえ!」「全部自分で招いたことなんだから!」と罵倒した場面で、魏無羨は自分と重ねていたのね……。

原作では藍忘機が切り落としたのが薛洋の左腕だったのが、陳情令では右腕だったワケが納得できた。陳情令の方が映像的にも美しい。

第九章 佼僚

櫟陽のお酒場面と弓術大会

詩経 国風 陳風 月出

月出皎兮 
舒窈糾兮 勞心悄兮
(略)

月が出て白く明るい
美しい人の麗しさ
たおやかな姿よ
わが心の痛み
高田眞治「漢詩体系1 詩経 上」1966 集英社

月に照らされる美しい人を慕う思いの詩のようだ。詩は第三章まで続き、わが心は「動き乱され、燃える」とあるのだ。
含光君の美しさと、魏嬰の心の動きを詠ったようにも思われなくもない。

温寧がどこまでもカワイイ。地面に残った温寧の人型は、あとで温寧がせっせと埋めたんだろか。掴仙索というのもあるらしい。

魏無羨もどさくさに紛れて藍忘機のまつ毛を撫でるわ、あまつさえ……。藍忘機の「捕まった/ 抓住了」も微笑ましい。
藍景儀の手羽先ポトリは名場面である。

金凌が手柄を焦るのは、両親を亡くした事であれこれ言われていたからだったのか。

弓比べで、藍忘機の抹額が風になびいて、先に魏無羨の頬を撫でていた~~! 前から疑問に思っていたのだが、法器というのはどの程度、持主の意を代弁するものなのだろう?法器の霊は、独立しているのだろうか? 触れたくない相手には、抹額が必死で抵抗する姿を想像すると結構笑えるのだが。藍忘機の思いがにじみ出ているようである。

首なし男が、藍曦臣の簫の音に反応して動きを止め、奏でる人物を確認しようとした、という描写がやけに切ない……。

第十章 狡童

金鱗台にて共情

詩経 鄭風 狡童

(略)
狡童兮 不與我食兮
維子之故 使我不能息兮

あの狡い小僧
わたしと一緒には食事もせぬ
そなたのことを心配して
休むこともできぬ

狡童とは、悪童という意味らしい。この詩は解釈が結構幅広いのだが、つれない恨みを述べているようだ。いろいろと考えが巡り、意味深である。

金光瑶は「争い事を仲裁するために生まれてきたかのようだ」と評されている。

家屋重書は、家屋権利証、沽券状は、土地の譲渡証文。

「斂芳尊は赤鋒尊が来ると聞くと、すぐさま逃げる」という噂もあったのか。

金鱗台にて、共情で藍忘機を見かけた時に、魏嬰が「藍湛!会いたかったよ!ハハハハハハハッ!」と内心で叫んでいたのはかなり好きな場面。

この時に話される藍曦臣の「魏公子は(略)たとえ服を着ていなくたって、誰も自分に無理強いをすることはできない」という話は、竹林の七賢人,劉怜のようだ。

金光瑶の密室から逃げだし、今生の魏無羨は、「あとのことは、まず逃げてから考える。いつか機会があれば反撃するば、機会がないなら無理はしない」と前世のような血気盛んさとは異なっているのが、大人になった感を感じる。

おんぶの場面で、藍忘機が「ここにいる/我在」と答える場面が良いのである。

第十一章 絶勇

おんぶからの連想で、温氏訓学玄武洞の回想場面が始まるこの流れが好き。

「絶勇」と検索すると、「専諸刺王僚的絶勇之剣」として「魚腸剣」が出てきた。この剣は、春秋時代専諸が呉王僚を暗殺した短剣であり、焼魚の中に隠されていたというシロモノ。屠戮玄武の中の剣の比喩だろうか?

史書巻86 刺客列伝第26』にあり、公子光が専諸に暗殺を命じる際に、公子光が専諸にぬかずき「この光の身はとりもなおさずそなたの身だ/ 光之身、子之身也」と誓約したとあるのが印象的である。

原作では、蓮花塢で魏無羨は虞夫人に言い返していたので、それ位の関係性ではあったんだな。一番弟子としての自負もあり、周囲にもそれだけ認められていたのね。

綿綿と軽口をたたく魏無羨に、藍忘機が「軽薄だ/ 軽狂」と言っており、先の第十章で共情中に金鱗台で藍忘機が魏無羨を評していた「軽薄だ」には、魏無羨の心臓が高鳴っているのが印象的。

暮渓山には榕樹(ガジュマル)があるようだ。

「魏嬰にとって恐ろしいのは、普段強気な男の涙>純潔を守り続けてきた女の入浴場面」とあるが、正直、後者の方がトラウマ案件な気がするんだが。

魏無羨が屠戮玄武へと侵入する場面の描写は、ドラマやアニメで観ていた時はあまりそれほど思わなかったが、屠戮玄武の中は厠の中どころではなく、小説を読むとなかなかな所だった。修士にはなれんなぁ。

こっそり膝枕&額にひんやり手もよきよき。

第十二章 三毒

玄武洞から帰ってきた蓮花塢

三毒仏教用語で、善根を毒する三種の煩悩。貪欲(むさぼり)・瞋恚(しんい/ 怒り)・愚痴(おろかさ)。
江澄の剣の名前でもある。

飲酒時の藍忘機を考えてみる・その1

さて、飲酒した藍忘機はどこから覚えているかの疑問。
先に寝てから酔う、という事から酔っぱらっているのは確かだ。なので審議されるのは「どこから酔いが醒めて分かっているか」という事である。

1度目は狼狽えていることからも、全く覚えていなさそうである。

しかし2度目は翌朝、あまり取り乱す様子がない(免疫がついた事もあるやもしれないが)。とはいえあの鬼ごっこを分かっていてしたとはあまり思えない。
となると、魏嬰のあの場面でハタと正気に戻り、とっさに自分を殴った、といった辺りだろうか。どう思われますか

第3巻も楽しみである。

 

 

fuenone2020.hatenablog.com

fuenone2020.hatenablog.com

fuenone2020.hatenablog.com

竹林の七賢劉怜について

fuenone2020.hatenablog.com

▼アニメの玄武洞

fuenone2020.hatenablog.com

▼アニメの弓術大会

fuenone2020.hatenablog.com

▼アニメでは既出ですが、3巻の部分も入っています。

fuenone2020.hatenablog.com

 

外部サイト