今回は観ていて楽しい回ばかり。名前を呼び合っていたのが山びこのようだったのでこのタイトル。
11話 生死を共に
1.高崇が言う
私1人の損失など取るにたらぬ
一己得失 何足掛齒
『漢書 叔孫通伝 第十三』
此特羣盜鼠竊狗盜,何足置齒牙間哉?
これらはただの盗賊、どうして歯牙の間に置くに足りましょうか?
「歯牙にもかけない」。叔孫通が秦の二世皇帝に、陳勝の農民軍蜂起を問われて答えた言葉。
2.周子舒が飲んだくれて言う
世に愚か者は星の数ほどいるが
世間蠢人恒河沙数
『金剛経 第十一 無為福勝分』
若有善男子善女人。以七宝满尔所恒河沙数三千大千世界。以用布施。得福多不。
それらのガンジス河にある砂の数だけの世界を、ある女なり、あるいは男なりが、七つの宝で満たして、如来・尊敬すべき人・正しく目ざめた人々に施したとしよう。スプーティよ、どう思うか。その女なり、あるいは男なりは、そのことによって、多くの功徳を積んだことになるであろうか。」
中村元・紀野一義「般若心経・金剛般若経」1960 岩波書店
この段では、これらの功徳を積むよりも、意義を広めることを説いている。
3.蝎王がふたりに言う
同生共死
生死を共にするとはお二方は高尚だな
『隋書 鄭訳伝』
鄭譯與朕同生共死,間關危難,興言急此,何日忘之。
鄭譯と朕とは死生を共にし、危機を共にした仲、折に触れては思い出し、いつの日も忘れたことはなかったのだ。
中村史郎,山口謡司「隋書」2017 勉誠出版
隋の文帝(楊堅)と鄭訳の親交が描かれている。史書からうかがえるのは、かなり政治色の強い交友であったようだ。
4.高崇が位牌に語りかけている
短い間に次々と死の知らせが届く
一朝知交尽零落
清 李叔同『送別』
长亭外 古道边 芳草碧连天
晚风拂柳笛声残 夕阳山外山
天之涯 地之角 知交半零落
一壶浊酒尽余欢,今宵别梦寒あずまやの外、古道のそば、かぐわしい草の青が天に連なる
夕風が柳をなで笛の音がただよう 夕陽が連なる山に沈みゆく
空の果て 大地の果て 親しき友もまばらとなる
濁り酒で残る楽しみを尽くし 今宵は別れる夢寒し
原曲はアメリカの『Dreaming of Home and Mother』。日本では『旅愁』。李叔同が日本に留学していた折に『旅愁』を聞き中国語に訳した。
『君、花海棠の紅にあらず』では姉・程美心の場面で流れる曲。
5.温客行が周子舒に言う
善を行い徳を積み 弱き者を哀れむ
行善積德 憐貧惜弱
韓信、盧綰非素積德累善之世,徼一時權變,以詐力成功。
韓信と盧綰はもともと祖先より代々徳を積み善を重ねた血筋ではなく、その場限りのはかりごとを求め、いつわりと刀で手柄を立てた。
水沢利忠「史記10列伝3」1996 明治書院
韓信については12話-2でも解説。
6.周子舒に何者かと聞かれ、温客行が答えている
1万本の花畑から千の花を摘む
万花叢中過 能摘一千朵
『金剛経』
万绿丛中过 片叶不沾身
湯湿祖『牡丹亭』
万花丛中过,片叶不沾身。
これらに関連して【牡丹花下死,做鬼也風流】は「牡丹の花の下で死に、鬼(幽霊)となるのも風流だ」というのもあるようだ。「美人(牡丹花)に殺されるなら」と訳されることが多い。
7.弟子入りしようとする張成嶺に周子舒が言う
そこまで信頼を得た以上 真摯に応えるべきだ
唯有以赤誠相報
姚雪垠『李自成 第一巻 第二十三章』
这所剩的数千饥饿疲惫之师因感学生一片忠君爱国之心和平日赤诚相待,暂时不忍离去,勉强可以一战。
【赤诚相待】は成語。明を滅ぼした農民反乱指導者・李自成が描かれた小説。
11話の感想
周子舒、温客行がそれぞれ四大刺客と戦い、ついに蝎王とまみえる楽しい回。子はかすがいならぬ弟子はかすがいでもあった。そして高崇も悪い人ではなさそう?
谷主・温客行を前にして引かない喜喪鬼。鬼の中でもNo.2感が出ている。キレッキレの谷主モードは前回からも続いている。そんな中、意外と健気な艶鬼ちゃん。思いがけず艶鬼の扮装術は、四季山荘の秦懐章に教えられたものであった。周絮と同じ術なのか。温客行の「鬼は光を浴びると灰となって飛び散る」……哀しいなぁ。
張成嶺の元に周絮からの文が届き、子の刻に抜け出すが、さすが岳陽楼、こんな時間でも人の往来が激しい。訪ねていくと現れたのは、毒蝎四大刺客の俏羅漢。顧湘との対決にワクワク。顧湘は鞭が得意技ね。
飲んだくれている周子舒が、張成嶺がさらわれている所を見かけるという、どこまでもツイている張成嶺。
拷問という残酷場面だけれど、可憐な張成嶺に、俏羅漢と毒菩薩・美女ふたりが計を廻らしているのはどこかコミカルでもある。水攻めは地味だけど、確かに効きそうではあった。毒菩薩の「ふぅふぅ」はなんの攻撃なんだろ?
一方、琴の秦松に迫る温客行の方が鬼気迫り、206個ある骨を80まで来ると観念するらしい。こわっ。
張成嶺の危うい場面に降り立つ周子舒。四大刺客ふたりを相手にしても目じゃないのがカッコイィ~。だけど残念ながらHPが少ない身……。蒋老怪も加わり三人を相手にすると苦しくなる。そこへあらわる温客行~~、カッコイィ~。
そして登場する蝎王。まずは顔合わせといった感じであった。ふたりのことも知っているのね。こんな魔の二大頭目が一緒にいたら不可解よね。今後が楽しみだ。
張成嶺はすっかり気を許して、ベラベラと瑠璃甲の在りかも、長命山の剣仙宛の文に書かれた五胡盟の6人目の人物・容炫(リー・ミンシュエン)のことも喋ってくれている。
そして容炫は6人で六合心法を研究していた時、毒に侵され正気を失うが、それは高崇の剣に塗られた毒であったとされている。
祠堂で高崇が義兄弟たちを祀る様子を見ていると、四義弟の張高森には誤解されたくなかったようで、容炫と会ったことを悔やんでいる様子。なにか大きなかけ違いがあったのか。そして五湖盟の仲間が次々と死んでしまうのは、四季山荘の周子舒と同じような立場になりつつあるんだな……。高崇が手を上げて相手が言うのを制止するのを何度も見ていたら、いつか真似してしまいそうだ。
酒を欲しがる温客行に、張成嶺を通して渡す姿は、夫婦喧嘩の間に入った子供の図……。と思っていたら、察しの良い張成嶺は「喧嘩ですか?」「私が謝ります」とふたりを仲直りさせてしまうという……。本人を前にして「烈女もしつこい男には~」と言うのは吹いちゃったよ。温客行が数年前に美しい肩甲骨で見分けた屍は女性……もしや……。
無事、弟子入りできた張成嶺。途絶えてしまいそうだった四季山荘に弟子ができて嬉しそうな周子舒でもある。
12話 孤勇
1.師匠の教えを話す周子舒
人が貴ぶべき品性は仁と勇だと。先賢は勇を気勇 血勇 骨勇 神勇に分けた
人貴乎二品,一為仁,二為勇。先賢論世間勇者,分為気勇、血勇、骨勇、神勇,皆為少年之勇。
『燕丹子 三巻』もしくは『史記: 三家註』
田光答曰:竊觀太子客無可用者:夏扶血勇之人,怒而面赤;宋意脈勇之人,怒而面青;武陽骨勇之人,怒而面白。光所知荊軻,神勇之人,怒而色不變。
田光が答えて言う。夏扶・血勇の人は怒ると赤くなり、宋意・脉勇の人は青くなり、武陽・骨勇の人は白くなり、荊軻・神勇の人は変わらない。
田光が燕太子に荊軻を推挙する時に言った。
2.(1につづいて)
師匠は孤勇を評価した 不可能と知りつつ挑み 人心は測りがたいがあえて信用する
明知不可為而為之 明知人心難測而信之
『論語 憲問』
曰:是知其不可而為之者與?
『魔道祖師』雲夢江氏の家訓でもあるので、中国詩歌②で解説。
『史記 巻92 淮陰侯列伝 第三十二』
此二人相与,天下至欢也。然而卒相禽者,何也。患生于多欲,而人心难测也。
張耳と陳余の付き合いは、天下でも最も親しいほどのものでした。けれども最後には互いにとっつかまえてやろうとするまでになってしまったのは、どうしてでしょうか。災禍は欲望の深いことから生じ、人間の心の変化は予測がつかないからです。
水沢利忠「史記10列伝3」1996 明治書院
淮陰侯列伝とは、韓信の股くぐりで有名な韓信にまつわる列伝。この段は、蒯通が斉王韓信に天下三分の計を勧めた折に、漢王に恩義を感じて案を採り入れない韓信に、漢王との交友が張耳と陳余にも及んでいないことを説いている。
ちなみに韓信に股くぐりをさせた人物は、のちに出世した韓信より中尉に取り立てられていた。
3.周子舒が張成嶺に瑠璃甲を渡すよう言う
吾が生 涯りあれど 知に涯りなし
吾生之有涯而知之無涯
『庄子 内篇 養生主第三』
吾生也有涯 而知也无涯
以有涯随无涯 殆已!
已而为知者 殆而已矣!
为善无近名 为恶无近刑我々の生には限りがあるが、知は限りがない
限りのある身で限りのないことを追うのはあやうい
あやういのに知を追うのは甚だ危険である
善をなすにも名誉に近からず、悪をなすにも刑罰に近からず
「養生主第三」は生命を養う主要な道を説いた。養生には自然のようなほどほどが大事と説く。
4.周子舒が温客行に善人かと言われ答える
悪人も刀を捨てれば成仏できる 善人は悪事を働けば転生できないなんて 道理に合わぬ
壊人放下屠刀可立地成仏 好人做了壊事就永世不得超生 没這個道理
宋 釋普濟『五灯会元 巻一九』
廣額正是個殺人不眨眼底漢,放下屠刀,立地成佛。
廣額はまさに人を殺してもまばたき一つしない男だったが、刀を捨てれば、成仏できる。
ことわざ。宋の高僧・釈普済が『五灯録』を選した禅宗通史。『五灯録』は呉僧道原が五つの書を編纂した禅僧史。
『金瓶梅詞話 第二八回』
叫贼淫妇阴山背后,永世不得超生
あの淫婦めが、地獄の陰山のかげから、永遠に生まれ変われないようにしてやる。
田中智行「金瓶梅 上」2018 鳥影社
禅僧史と金瓶梅が並んでいるという妙……。
5.温客行が周子舒に言う
時を逸したのは私だけではなかったか
不我一个人不合時宜
皆违经背古,不合时宜。六月甲子制书,非赦令也,皆蠲除之。
いずれもみな経典にたがい古制にそむき時節に合わないものであった。六月甲子の制書は、赦令でない部分をばすべて除去することとする。
小竹武夫「漢書 上巻 帝紀.表.志」1985 筑摩書房
哀帝は「断袖」の由来となった人物。山河令5話,6話でも解説。
待詔の夏賀良らの建言で、哀帝は年号を改め称号を変え漏刻(水時計)の目盛りを増すなどを行ったが、よい応験がなく、かれらは罪に伏された。
6.温客行が周子舒に言う
騒乱 万々歳
唯恐天下不乱
明 洪應明『菜根譚』
是小人,歡喜君子犯過,唯恐天下不亂也;
是君子,恥聽小人之惡,不忍世間紛爭也。小人は君子が過ちを犯すと歓喜し、ひたすら天下が乱れないことを恐れ、乱れることを願う。
君子は小人の悪を聞くと恥じ入り、世の紛争に耐えがたい。
成語。「善大人」と言っている割には、正直モノの温客行であった。
7.曹蔚寧が周子舒のことを聞いて嘆く
あまりにも短すぎる命です
天不假人
清 平歩青『霞外裙屑 巻六』
予以先生此考,为一生心力所瘁,成以行世,足为读史者一助,惜天不假年,积四十六年之岁月,仅成全史三之一
成語「天不假年」。天は十分な長さの寿命を与えない。重要な仕事で死ぬ人について言われる。
8.曹蔚寧が周子舒を励まして言う
きっと活路があります
天無絶人之路
元 無名氏『貨郎担 第四折』
果然天无绝人之路,只是那东北上摇下一只船来
案の定 天が人の路を絶つことはない 東北に一艘の舟がやって来ているよ
ことわざ。「捨てる神あれば拾う神あり」。どんな絶望な状況でも道はあるということ。
12話の感想
今度は周子舒が温客行に直接お酒を手渡している。そして周子舒は「俺たちの年齢になると誰かに心を開くのは難しい」と前置きしながら、「俺は、お前を信じる」と宣言!
温客行が張成嶺たちに瑠璃甲の物語を語る。容炫の妻は神医谷の岳鳳児。周子舒は「過去のこと」と言うが、温客行には断じて過去のことでは済まされないようだ。
張成嶺を岳陽楼へ戻す姿は、学校へ送りだす父兄のよう。母は温客行なのね。この温客行の青緑色の衣裳好きだな。
顧湘への疑いをそらすために曹蔚寧が名乗り出て、祝邀之(杨朕)が冷やかしており、この人もイイ人だな。
阿絮・老温と名前を呼びあう場面は、なんだか観ているコチラが照れてしまう……。この3回呼びがスペシャル版らしい(中国版は1回呼びとか)。流れる『無題』も良い。周子舒の服がはだけているのも心の有り様らしぃと山人の言い伝え。温客行は周子舒に「善人」と思われるのがそれほど嬉しいのか。
「生き長らえ ひなたぼっこし こうして誰かの名を呼べる 幸せだ」がしみじみと胸に迫る。
お互いのことを話す場面も良き良き。鍛錬好きな少年周子舒は真面目なのね。秦懐章荘主はイイ人だったんだなぁ。16歳で荘主となった周子舒。
滋養品揃いに「妊婦扱い」と言う顧湘。確かに瑠璃甲を帝王切開で出産したようなものではある。痛みには強い張成嶺の根性はガッツがある。そして食べ物を顧湘に残しておいてあげる張成嶺、優しいなぁ。
そして瑠璃甲の3つが高崇の手元に揃う。
梅に色を付けて描いているのは誰かと思いきや、晋王か! 怖い怖い。こちらもまだ周子舒を諦めてないんだろうか? ここにある瑠璃甲は本物なのかな?
そして久々に顧湘と温客行が対面する。もれなく曹蔚寧も付いてきて、その姿を認めた温客行の剣呑な表情がちょっと面白い。周子舒はキラキラした瞳で「知己と各地をさすらい 詩を詠み 酒を飲みたい」と温客行を見つめがら言うのがもぅ……。信用できる仲間に顧湘のことを託したいと言うと、曹蔚寧は「私はどうですか?」と立候補。
WOWOW放送:2021年9月16日深夜
だんだん漢詩も感想も長くなり、二回にわけようかとも考えましたが、なんとなく離しがたい二話だったのでそのままにしています。
外部サイト