21話 夢幻泡影
1.張成嶺になぜ善人は報われないかと聞かれ、周子舒が言う
天意は測れず 運命を弄ぶ 善人に限らず生きる者には苦しみがある
天意難測 造化弄人 衆生有情皆苦
『仏教』
众生皆苦,有情皆孽,无人不冤
衆生皆苦、情ありてすべて禍根となり、免れるものなし。
仏教の四法印の一、一切皆苦、一切行苦。
金庸の『天龍八部』を評して【有情皆孽,无人不冤】とも言うそうだ。
清 李汝珍『鏡花縁 第67回』
我們在坐四十五人,似乎並無一人落第,那知今日竟有八人之多,可見天道不測,造化弄人,你又從何捉摸。
2.趙敬が蝎王に言う
触らぬ神にたたりなし
多一事不如少一事
清 劉鶚 『老残遊記 第十二回』
現在國家正當多事之秋,那王公大臣只是恐怕耽處分,多一事不如少一事,弄得百事俱廢,將來又是怎樣個了局?
清代の四大譴責小説の一つ。
3.温客行が張成嶺に言う
女子と小人は養いがたし
唯女子与小人為難養也
『論語 第十七 陽貨 二十五』
子曰:“唯女子與小人為難養也,近之則不遜,遠之則怨。
先生がいわれた。「女子と小人とだけは取り扱いにくいものだ。親しみ近づけると無礼になり、疎遠にすると恨みをいだくから」
貝塚茂樹「論語」1973 中央公論新社
家庭内で使役している女子・男子の使用人に対しての取り扱いについて述べたもの。
4.温客行が張成嶺に物語を聞かせたあと言う
人生とは夢のごとく儚い
人生在世如夢幻泡影
『金剛般若波羅蜜経 第三二 応化非真分』
一切有为法,如梦幻泡影,如露亦如电,应作如是观。
現象界は、星、翳、燈、幻、露、泡、夢、電、雲のように、このように見らるべきである。
梶芳光運「金剛般若経」1972 大蔵出版
金剛経の最後の部分にあたる。21話の日本語タイトル名。
5.薄情簿主がつぶやく
君 我を裏切らざれば 我 君を裏切らず
君不負我 我不負君
『三国志演義』
宁天下人负我,我不负天下人
人が私を裏切ったとしても、私は人を裏切らない。
劉備玄徳の言葉が応用されている。対する曹操は「我 人に背くとも、人 我に背かせず」で有名。20話でも薄情簿主がつぶやいていた。
6.毒菩薩が艶鬼に言う
百聞は一見にしかずね
你可真是聞名不如見面啊
『北史 列女伝』
吾闻闻名不如见面,小人未见礼教,何足责哉。
評判を聞くより本人に直接会うほうが良い。小人はこれまで礼儀道徳に触れてこなかったのだ。どうして責められましょうか。
『魏書 巻九十二 列伝列女 第八十』
母曰:「吾聞聞不如見,山民未見禮教,何足責哉?」
北魏・清河 房愛親の妻 崔氏、崔元孫の娘にあたる。息子・景伯たちに幼い頃から「九経」を教え、景伯は清河太守となった。ある時、とある母親が親不孝の息子を房景伯に訴えた。すると崔氏はその息子をしばし留めるよう助言した。景伯が礼儀正しく母・崔氏に接する様子を、親不孝息子が日々見ている内に、自分の態度を恥ずかしく思うようになり、終いには心から悔いたという話。
そんな賢女・崔氏の言葉で、毒菩薩に毒づかれるという……。
7.毒菩薩が言う
私は天性の美貌が武器だけれど
你以為誰都像我这样天生麗質
天生麗質難自棄,一朝選在君王側。
天性の美貌は埋もれることなく、ひとたび選ばれると王の側にあがった。
『長恨歌』は5話-4で、変装した艶鬼が穆雲歌に言っていた。
21話感想
仙霞派討伐の命に対して、早くも仲間割れしている鬼谷たち。毒菩薩は毒の達人か。開心鬼に男娼呼ばわりされている蝎王……やはりそうなの?
無常鬼が語る、鬼客行が谷主になった時のことー赤い血が付いたまだあどけない鬼客行からの、うつろに歩く今の温客行。皆と合流し、張成嶺が抱きつき、葉白衣と言いあう姿を見るとちょっとホッとする。
葉白衣は弟子のしたことを償うために、温客行の願いを聞き入れ、周子舒を治せる人物を捜しに行く。さすがの葉白衣も死人は生き返らせることはできないが、それ以外はできるのか。温客行も「私たちは帰れるぞ」と嬉しそう。
一方、趙敬と蝎王。「止まるを知り、心は定まる」と15話-4で言っていた言葉を書にしたためている。「私のものはすべてお前のものだ」と言っているが……。
そこへノコノコと現れる于丘烽。薄情簿主が于丘烽と組んでいるのを、17話で趙敬は知っているので会話にハラハラしたが、彼の元にいるのはわかっていなかったのか。 趙敬は許婚の羅浮夢との婚姻当日、浙西観察使の娘と出奔していたらしい。
趙敬の言葉を聞いてすぐに殺しに行こうとする蝎王を、今回は止めている。前の巨鯨幇の時は趙敬の意向だったのか、蝎王の逸りだったのか??
楽しい周子舒との旅路であらわれる薄情司の娘たち。温客行も大変だなぁ。青崖山にだけは戻るなと言いつける。
温客行は周子舒に、酒は竹葉青か女児紅かと尋ねる。竹葉青酒は中国の名酒で、汾酒と呼ばれる蒸留酒。歴史は南北朝に遡り、様々な生薬が漬け込まれた薬酒。女児紅酒は浙江紹興酒の代表で、晋代創始とある。高梁酒はコーリャンを原料とした白酒で度数はかなり高い。
忘塵客桟。紅孩児や姜子牙の物語をねだる張成嶺。温客行が語るのは、狼の群れに遭い、井戸に逃げこむが底には毒蛇がいて、蜂にも刺され、縄も落ちるという状況で得た蜂蜜という名の周子舒か。
急色鬼と艶鬼が戦っているが、艶鬼の方が分が悪い。于丘烽は逃げだしているんかぃ、あやつめ。そこへ蝎王と毒菩薩登場。毒菩薩の色気と艶鬼のそれとは、また違っているのが面白い。
薄情簿主が「敬様」と言っているのを知り、蝎王に心境の変化があらわれたようだ。噂ではないことに気づいたか。あっさりと急色鬼は殺される。于丘烽が戻るが、艶鬼は利用しただけと言い、蝎王にすがる。相変わらず情の深い艶鬼だ。蝎王もまた「君、我を裏切らざれば」と呟き、二人を匿うことに。
仙霞派の残党に出くわす一行。死体の様子から鬼谷の仕業ではないことを見破る周子舒。沈慎か趙敬が怪しまれる。そこへ婚前旅行中(?)の顧湘と曹蔚寧を見つけた温客行は??
22話 連環計
1.乞食が顧湘と曹蔚寧に言う
家庭円満と子孫繁栄をお祈りします
祝你们两个白頭偕老 早生貴子
『詩経 衛風 氓』
(略)
及尔偕老,老使我怨。
淇则有岸,隰则有泮。
总角之宴,言笑晏晏,
信誓旦旦,不思其反。
反是不思,亦已焉哉!あなたと共に白髪までと願っていたのに、老いては私を怨ませる。
淇水には岸があり、沢地には泮がある。
あなたに嫁ぐ前の楽しかったこと、心やすらかにおしゃべりしたり笑ったりしていた。
あんなにはっきりと真心こめて誓ったのに、あなたはその誓いを果たそうともしない。
誓いを果たそうなんであなたは思わないのね、もうどうしようもないわ。
石川忠久,牧野悦子「詩経 上」1997 明治書院
チャーミーグリーンの老夫婦のような長く連れ添う詩かと思いきや、恨み節の詩でまさに薄情簿主の心情だった……。
明 陸採『懐香記 奉诏班師』
孩儿,我与你母亲白头偕老,富贵双全。
子よ、私とそなたの母が共白髪となり、富も地位もある。
2.顧湘が張成嶺に言う
流雲九宮歩で逃げ切りなさい
士別三日 刮目相待
肃拊蒙背曰:‘吾谓大弟但有武略耳,至於今者,学识英博,非复吴下阿蒙。’”蒙曰:“士别三日,即更刮目相待。
魯粛は呂蒙の背中を叩いて言った「貴殿はただ戦略が優れているだけと思っていたが、今となっては学識が優れて通じており、かつての阿蒙ではない」。呂蒙曰わく「士は別れて三日もすれば、目を見はって遇するものである」。
呂蒙は孫策・孫権に仕えた武将。ことわざ「男子三日会わざれば刮目して見よ」。無学だった呂蒙が、学問に励み著しく成長したことから。
3.沈慎が周子舒に薬をもらい言う
恩を感じている
沈某銘感五内
竹渓山人『粉粧楼』
这是万岁的龙恩,臣等铭感五内。
これは皇帝の恩恵であり、臣下達は深く恩を感じている。
成語。清の英雄伝奇小説。なんだか作者名が山河令向き。
4.顧湘が曹蔚寧に言う
わずかな危険も見逃さないよう生きてきた
也寧可錯殺 絶不放過
宁可错杀一千,也绝不放过一个
誤って千人を殺そうとも、一人を逃してはならない。
中華民国の陶屠戸が言った言葉。
5.沈鎮が周子舒に尋ねられ言う
知っていることは何でも話そう
沈某自然知無不言 言無不尽
北宋 蘇洵『衡論 遠慮』
知无不言,言无不尽,百人誉之不加密,百人毁之不加疏。
知っていることで言わないことはなく、どんなことでもあらいざらい言う。百人が誉めても親密さが増すことはなく、百人がけなしても疎遠にしない。
成語。君主が臣下といかにつきあうかを説いたもの。蘇洵は唐宋八家のひとり。
6.周子舒が推理して温客行に言う
陥れたのも趙敬だろうか
那这扮猪吃老虎的趙玄徳
成語。『兵法三十六計 第二十七計 仮痴不癲』にあたり、「愚を装っているが、狂っているわけではない」。愚者のふりをして、真意を隠し、敵の油断を誘うという策。
司馬懿(仲達)が呆けたふりをして、政敵の曹爽をあざむき、洛陽を留守にした折にクーデターを起こしたことでもある。
劉備が曹操に英雄と言われ、雷に驚いた振りをしたのもこの計に含まれるとか。9話-8。
7.趙計が蝎王に言う
連環の計
連環計
こちらも『兵法三十六計 第三十五計』にあたる。
複数の計謀を組合わせ、連続して発動する。
単独の計略で十分な効果が得られないとき、第一次、第二次、第三次と、次々に計謀を繰り出します。敵は次第に消耗し、仲間割れも生じてきます。その隙につけこんで勝ちを得るのです。三国時代、赤壁の戦いの際における龐統(ほうとう)の計略が典型的である。龐統は偽って曹操に近づき、敵中に潜り込む。そして曹操にそれぞれの戦艦を連還させるよう進言、そこを焼き討ち敗退させた。
湯浅邦弘「孫子・三十六計」2008 角川書店
8.蝎王が趙敬にふたりを取り逃がしたと言われ
わざとです
我那是投鼠忌器
『漢書 巻48 賈誼伝 第十八』
里谚曰:‘欲投鼠而忌器’,此善谕也。
ことわざに、「鼠に餌を投げようとして器をはばかる」と申しますが、これは善い喩えです。
小竹武夫「漢書 中巻」1978 筑摩書房
成語。鼠が器に近づいても投げないのは、その器を傷つけるのを怖れるからである。前漢の賈誼(かぎ)が文帝に進言したもの。天子は尊く、その天子に近い臣下たちを刑罰で辱めることを諫めている。周勃が獄に下され奏した。
この場合は、趙敬に累を及ぼさないようにしたということかな。
この賈誼については先の4であげた蘇洵『衡行 任相』などでも、賈誼の治安策が取りあげられていた。天子は宰相を重んじるべきで礼遇するからこそ、宰相も全力を尽くすのだと説き、宋代の内政のなまぬるさを評している。
9.周子舒が酒を片手に、顧湘に言う
星美しき今宵 誰がために 風露 夜半に立つ
如此星辰如此夜 為誰風露立中宵
清 黄景仁『綺懐』
几回花下坐吹箫 银汉红墙入望遥
似此星辰非昨夜 为谁风露立中宵?
缠绵思尽抽残茧 宛转心伤剥后蕉
三五年时三五月 可怜杯酒不曾消花の下で簫を吹くこと幾回、天の川が赤壁に入るのを遠く望む
この星は昨夜の星にあらず、誰が為に風露夜に立つのか
まとわりつく思いはいつまでも糸を引く繭のよう、もんどりうつ心の傷みは芭蕉をむくがごとく
十五歳の時の十五夜を思いて、このあわれは酒でもなくせない。
著名な詩。詩は酒でも憂いが晴らせないと詠うが、周子舒は顧湘に「お酒は別名、忘憂散」で「憂いが晴れなければお酒を追加したらいいがここでは最後の一本」と言っている。一方、4話-2で温客行が周子舒に「如此星辰如此夜 正宜対酒当歌」後半は曹操 短歌行と言っていた。
10.周子舒が沈慎に言う
どうあろうと 因果は巡る
因果報応 屢試不爽
『慈恩伝』
唯谈玄论道,问因果报应。
清 蒲松齢『聊斎志異 巻六 冷生』
言未已,驴已蹶然伏道上,屡试不爽。
その言葉がまだ終わらないのに、驢馬はもう足を折ってペッタリと道に坐るのである。しばし試みたがいつも失敗であった。
「聊斎志異 下」平凡社
冷生は日本語訳では「笑い」。驢馬に乗って外出時に知人に会い「いそぎで下りる暇がない」と言うと、驢馬が座りこむのに閉口して、ついには驢馬を殺してしまう。後日、在宅の時に知人が来て、つい「いそぎで下りる暇がない」と言ってしまったというお話。
可是只要一见尼姑,这一天就不用赌啦,赌甚么输甚么,当真屡试不爽。
成語。何度試みても失敗しない。確実だ。
22話感想
首をかしげる三人がカワイイの回。
再会し、早速舌戦を繰り出す温客行と顧湘。乞食に恵む顧湘に「誰に感化されたのかな?」と首をかしげる周子舒。
ふたりは鄧寛の事から推理をしている。そこへ沈慎と出くわし、周囲から攻撃を仕掛けられる。毒蝎たちのようだ。
一方、顧湘たちも襲撃される。久しぶりの戦闘場面。技を習得中の張成嶺が最も多彩な反撃をしており、食器を投げる物理攻撃に、椅子で防御にと愉しい。
張成嶺に乞食がすがってくる所を顧湘が殺め、そのことを案じる曹蔚寧。手に暗器を忍ばせていたから殺して正解ではあった。
周子舒に生き証人を残すよう言われるが、肩をすくめ「手遅れだ」と言う温客行、顧湘も同じポーズをして「返り血です」と。扇コツンもカワイイ。
沈慎は語る。20年前に高崇が「瑠璃甲を壊すか、武林に一切を公表する」と言っていた。そして温客行が甄衍とわかる沈慎。
鄧寛は摂魂蠱と関係があるかもしれないと思い至る周子舒。そして温客行に長舌鬼のことを尋ね、動揺する温客行。顧湘がお風呂を入れていると思っていたら、温客行の入浴場面はサービスショットか。
趙敬が高崇を憎む理由は、さげすまれ、我慢を強いられていたから。武庫の鍵が鬼谷にあることも分かっていた。
温客行の両親が殺される場面で、映し出される鬼面と薄情簿主の姿も!
思い出すと倒れていたので、温客行の記憶はどうなっているんだろう? 温客行は周子舒の腕の中。
そして毒を塗ったのは趙敬の仕業ではないかと考え始めた沈慎も去る。より物語が複雑になっていく。
それぞれの思惑が次から次へと繰り広げられ、誰が誰に付いてと目まぐるしく息もつけない展開である。兵法や玄徳も出てきて面白い。
そんな足下がおぼつかない感じが、ガレ場のようで付けてみた。ガレ場とは石が積み重なりゴロゴロと斜面を覆っていることを言う。浮石・落石注意である。漢詩が積み重なっているのは楽しいけれど~。
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▼名前が似ていたもので……。