今回の記事タイトル名は、登山して五湖碑のあたりまで来た、という記念に付けてみた。やはり今回の一番の見どころ。
15話 無恥の徒
1.高崇が皆に宣言する
五湖盟が身命を惜しまず対応する
五湖盟願肝脳塗地 莫敢不従
『史記 巻99 劉敬叔孫通列傳 第三十九』
大战七十,小战四十,使天下之民肝脑涂地,父子暴骨中野。
大きな戦は七十回、小さな戦は四十回です。天下の人民の遺体を泥にまみれしめ、男子の遺骨を野原にさらしましたことは、数えきれぬほどです。
水沢利忠「史記10列伝3」1996 明治書院
四字熟語「肝脳塗地」。戦場で悲惨な死に方をすること。また忠誠を誓い犠牲を惜しまないこと。
2.温客行が言う
高盟主と群雄が繰り広げる大舌戦では
高盟主这場舌戦群雄的大戯呀
諸葛亮と呉の文武官との舌戦が繰り広げられ、劉備・呉が連立して曹操軍を攻撃するよう孫権に説く。
3.英雄大会のなりゆきを総じて、温客行が言う
目を上げれば高楼建つ 目を上げれば賓客宴しむ 目を上げれば楼倒れる
眼看他高楼起 眼看他宴宾客 眼看他楼塌了
清 孔尚任『桃花扇 第四十出 余韵』
俺曾见金陵玉殿莺啼晓,秦淮水榭花开早。谁知道容冰消? 眼看他起朱楼,眼看他宴宾客,眼看他楼塌了! 这青苔碧瓦堆,俺曾睡风流觉。将五十年兴亡看饱。
わしが見た世の。その世の。南京の。御殿にゃ。朝から鴬啼いて居た。川そひ樓にゃ。早い頃から花が咲いて居た。それも。これも。皆夢ぢゃ。赤い臺が造られて。客衆集うて。酒盛される。その樓も。くづれてしまひ。今は苔むす瓦の山ぢゃ。わりの。みやびも。夢みて。さめて。さめて。見飽きた五十年。
山口剛「山口剛著作集 第5巻」1971 中央公論社
『桃花扇』は悲恋を中心に明王朝の最後を描いた長編史劇。清代を代表する戯曲・崑曲である。この部分は物語最後、蘇崑生が南京のかつての皇城跡を見て唱った「哀江南」。
4.蝎王が義父に「指示どおり手配した」と言う
止まるを知り心は定まる 定まったのち静まる
知止而后有定 定而后能静(12分33秒)
『礼記 大学』
大学之道,在明明德,在亲民,在止于至善。
知止而后能定,定而后能静,静而后能安,安而后能虑,虑而后能得。大学で教える道とは、明徳を明らかにすることと、人民を愛することと、至善に至ることの三事である。到達するところが明らかになれば、心は安定して迷うことがない。心が安定すれば、静かになってみだりに動かない。静かになれば、性情は安らかになる。性情が安らかになれば、思慮をもって事に当たるようになる。よく思慮すれば正しい判断ができる。
市原享吉「礼記 下」1979 集英社
5.周子舒が温客行に言う
道が異なれば 助け合えぬ
道不同不相為謀
『論語 衛靈公 第十五』
子曰,道,不同,不相為謀。孔子は言う、思想や志が異なれば、論じたり事を共にする方法はない。
6.無常鬼が俏羅漢に言う
悪を賞して善を罰せよ 天の道は無常なり
賞悪罰善 天道無常
「信賞必罰/賞善悪罰」。功があれば必ず賞し罪があれば必ず罰すること。その反対を言っている。
『道徳経 第七十九章』
和大怨,必有餘怨;報怨以德,安可以為善?是以聖人執左契,而不責於人。有德司契,無德司徹。天道無親,常與善人。大きな怨みを和すれば必ず余怨がある。どうして善をなすことができようか。聖人は契約をたてにして人を責めたりしない。徳のあるものは契約を管理し、徳のないものは取り立てる。天の道はなれあいがなく、常に善人の味方をする。
7.高崇が反論する
お前の妄言を誰が信じるものか
妄言止于智者
『荀子 巻19 大略第二十七』
語曰、流丸止于瓯臾、流言止于智者。
諺に「ころがっていく丸いたまは窪地まで来ると止まり、流言は知者まで来ると止まる」。
ことわざ【流言止于智者】は、根も葉もないうわさは智者で止まること。知者はあらゆる物事に明らかで、不誠をもって接することは出来ないと説く。
8.無常鬼が皆に言う
お前に言われるがまま 鬼谷が策を弄するとでも?
会任你翻手雲覆手雨嗎
唐 杜甫『貧交行』
翻手作云覆手雨 纷纷轻薄何须数
君不见管鲍贫时交 此道今人弃如土手を上に向ければ雲となり、手を下に向ければ雨となる。
多くの軽薄な人をどうして数えあげる必要があろうか。
貧しき時の管鮑の交わりを君は見ず。
この道を今の人は土のように捨ててかえりみないのだ。
四字熟語「雲翻雨覆」。世の人情のうつろいやすいことのたとえ。貧しい時の管鮑の交わりこそが本当の友情である。
15話の感想
英雄大会、次から次へと流派が出てくるのにはワクワクしたが舌戦ばかりで、各派の武芸が披露されるのを楽しみにしていた身には、温客行とは違った意味で「戦おうよ」とも思ってしまう。
この面白さは、なんというかサスペンスな武侠ドラマだな。
高小怜が昏睡している鄧寛に話しかけており、顧湘のことも世話をして良い娘だ。
英雄大会では、次から次へと派閥が出てくる、鉄掌幇、鷹爪門(独眼)、伏牛派、封暁峰はなにかと混ぜ返す役。五湖盟が瑠璃甲を持っていたというのは、知られていなかったのか。そして瑠璃甲だけでは武器庫は開かないと。
緊張感が高まる中、周子舒が櫓で高みの見物中の温客行と合流。周子舒のこの笠姿、いいな。太子殿下も思い出す。
蝎王が義父に話しかけている。
柳千巧も于丘烽とふたりして喜喪鬼を助け出す。于丘烽は改心したのか。
高小怜を緑紅翁媼が襲い、曹蔚寧の戦う所を初めて見るぞ。お、やるじゃない。顧湘も参戦し、暗器から顧湘をかばって曹蔚寧が倒れる。柳千巧からもらった保命丹で曹蔚寧を助けようとしている。
そして怪しげなからくりが得意という、龍淵閣・若閣主 龍孝(王滋润)が出てきて、「高崇に脅され利で誘われた」と皆の前で言い放つ。
若閣主を連れてきたのは、周子舒いわく「玄徳」で「軟弱な愚か者」な二義兄。周子舒は趙敬と会っていなかったんだっけ?
高崇は娘と張成嶺の婚約を世に知らせ、自分は仏門へ入ると宣言。高崇の願いは「鬼谷を平定して義兄弟の敵討ちをして、江湖に平安を取り戻す」こと。范懐空(成城)も盟を共にしたのだが……。この人が曹蔚寧が言っていた独身の范叔父かな。
奥義書はそれぞれに持主に返す予定が、宙に浮いた奥義書がふたつ、「六合心法」と「陰陽冊」。それをなんとか我が物にしようと、飛沙幇、五虎断刀門、十二連環塢と各派が自分の所は大勢死んだからとかなんとかかしましい。「陰陽冊」の神医谷の奥義書は気になるな。そしてこの人たち、また出てくるのかな。見わけつくかしら……。
そこへ獄中にいたふたりが笛を吹き、なんと鄧寛が起き上がる。
毒蝎と手を組んでいた無常鬼が、弟子の鄧寛をあやつり高崇に罪をかぶせて自決させる。言い分をまとめると、
- 長舌鬼に鏡湖派を滅ぼさせ口封じに殺した
- 喜喪鬼が丹陽派の弟子を殺した
- 開心鬼が傲崍子を殺した
- 鄧寛を鏡湖派に潜入させ、長舌鬼を手引きした。おぃおぃ
絶体絶命の高崇。さぁ、どうなる??
16話 魑魅魍魎
1.温客行が言う
策士策に溺れるでは?
聰明反被聰明誤?
宋 蘇軾『洗兒戯作』
人皆養子望聰明 我被聰明誤一生
惟願孩兒愚且魯 無災無難到公卿人は誰しもわが子に聡明さを望むが
わたしは聡明ゆえに一生を棒に振った
ただ願うのは子供が愚かで鈍く
災難もなく苦難もなく出世してくれること
川合康三「新編 中国名詩選 下」2015 岩波文庫
出世するには愚昧愚鈍がよいと、自分の一生に対する苦い思いをこめている詩。
2.周子舒が言う
平穏に暮らそうと努めても
歩歩為営地塔建平衡之道
『三国志演義 第七十一回』
可激勸士卒,拔寨前進,步步為營,誘淵來戰而擒之。
軍隊が一歩進むごとに砦を作る戦法を指す。定軍山での黄忠の攻撃。慎重に事を進めること。
3.温客行が言う
人心は測りがたいが 人性は分かりやすい 際限のない貪欲こそ人間の本性
人心难测 人性却易测 贪欲无极 人之本性 这是世间颠扑不破的道理
12話-2で解説。
4.望みを訊かれ、温客行が言う
この世に属さぬ魑魅魍魎を 地獄に追い返す
我要不属于这世間的魑魅魍魎 都滚回它們的十八層地獄去
『春秋左氏伝 宣公三年』
昔夏之方有德也,远方图物,贡金九牧,铸鼎象物,百物而为之备,使民知神、奸。故民入川泽、山林,不逢不若。螭魅罔两,莫能逢之。
夏王は金で鼎を作り地方の風物を彫りこみ、人々に悪魔の見わけがつくようにした。そのお蔭で人々は沼や村の鬼や魔物を除けて逢わずにすませた。
周の宝である鼎の大きさ・重さを尋ねられ、人の徳で決まると答えて言った。
【魑魅魍魎】は人に害を与える様々な化け物の総称。また私欲のために悪だくみをする者のたとえ。
【魑魅】は山村の気から生じる山の化け物、【魍魎】は山川の気から生まれる水の化け物。
『十八泥犁経』
火泥犁有八,寒泥犁有十。入地半以下火泥犁,天地際者寒泥犁……所謂寒犁在天際間,有大山高二千里,主蔽風,名山于雀盧山,冥無日月,所不及逮。有蔽大山,故冥。外有日月之王甚多,無央數寒犁中。
十八層地獄は古代インドバラモン教からの華人民間信仰。仏教『十八泥梨経』に十八の地獄の描写がある。一般的に地獄は八大地獄なのだが、これは熱系の八熱地獄で、次に寒系の十寒獄がつづき、足して十八ということのようだ。南朝梁時代に盛んになったとか。
諸説あるが『水陆全图』説によると、13話で温客行が周子舒と共にと言っていた油鍋地獄は九層目である。ねじり菓子(油条)と言われると、そう悪くないものに思える不思議……。2021.10.2追記
5.趙敬が高崇を評して言う
剛毅な者は挫折しやすい
剛者易折 皎者易汚
『道徳経 第八章』
交易之道,刚者易折。惟有至阴至柔,方可纵横天下。天下柔弱者莫如水,然上善若水。
もっとも善いのは水のようなものと説く。
『後漢書 巻61 左周黄列伝第五十一 黄瓊』
(永建中)常闻语曰:峣峣者易折,皎皎者易污。阳春之曲,和者盖寡;盛名之下,其实难副。
(126-132年)嘗つて聞くに語に曰わく、山の高い者は欠け易く、玉石の白い者は穢れ易しと。陽春の曲は和する者必ず寡なく、盛名の下、其の実福い難し。
吉川忠夫「後漢書 列伝5」2004 岩波書店
6.趙敬が蝎王に言う
私の評判は高まる
就越能彰显我的大仁大義
7.趙敬が蝎王に言う
これまでの努力が闇に埋もれてしまうだろ
不等于錦衣夜行
”楚霸王项羽攻占咸阳后,有人劝他定都,可因为思念家乡,项羽急于东归,说:‘富贵不归故乡,如衣锦夜行,谁知之者!
富貴となって故郷に帰らないのは、錦をきて夜行くようなもの、誰にも知ってもらえない。
小竹文夫,小竹武夫「史記1本紀」1995 ちくま学芸文庫
四字熟語「衣錦夜行」。鴻門の会後、項羽は咸陽を落とし秦の宮室を焼きはらう。そこで都を漢中に作るよう進言され、項羽が言った言葉。
まさに趙敬が岳陽楼を落とした状況と似ているが、趙敬=玄徳と称されている。高崇の最期は、自死した項羽の屍を手に入れようと争奪戦となったのと類似しており、高崇=項羽とみるところか。
8.温客行と葉白衣の応酬
『説文解字』は最古の部首別漢字字典。
葉白衣を【神憎鬼厌】:鼻つまみ者。
【你个脸比小白脸还白的蛤蟆精老妖怪】:色白の妖怪老いぼれ蛙
温客行を【贻笑大方】:物笑いの種。
『荘子 外篇 第十七 秋水』
今我睹子之难穷也,吾非至于子之门,则殆矣。吾长见笑于大方之家。
今私はあなたの洋々さを目にして、私はあなたの住処をも至らずあやうい。私は長らく物笑いの種に見えよう。
この部分は「井戸の中の蛙」の出典となった河伯(河の精)と北海若(海の精)の対話で、海を知った河伯が述べたもの。蛙と言われて、返した言葉か。
16話の感想
さすがの高崇もこの流れは覆せず。前回の感想で戦おうよとは言ったけれど、こういう何でもアリななだれ込みじゃなくて、こう名乗りをあげて愉しい技を披露してくれるのではなかったのですか。そんな中、周子舒が戦う場面はスカッとするし、扇子が飛んでくるのもイイ。
最後まで高崇と共にする五弟・沈慎を見直す。アルハラしていた頃はヤな奴だと思っていたよ、熱い人だったんだね。
趙敬がしゃしゃり出ている。五盟碑が倒され、高崇は瑠璃甲を握りつぶし、自ら頭を打つ……。高崇に策があると見込んでいた温客行は呆然としている。
高崇に砕かれたと思っていた瑠璃甲が、清剣派掌門・莫懐陽(王铂清)の手元にまるっとある。どういうこと?? 范懐空がとっとと逃げだしていたのは示し合わせてた?
そして蝎王と戯れる趙敬。蝎王の俳優さんを調べている時にこのネタばれは踏んでしまっていたんだけれど、改めてみると趙敬は絶対ロクな死に方しない認定できるな。趙敬は食客の多い孟嘗君から、哀願しつつ人徳で皆を服させる玄徳へ。
そして蝎王、なんなんすか、その頬杖ついて可愛い感じ。人には牙をむく猫が、飼い主だけにはゴロニャンしているみたい……。水色系の衣裳が綺麗。恐るべし、人心を読むのに長けている趙敬。大会で出家するって言ってませんでした? そして宋懐仁は二重間者ではない……よね。けれど蝎王ならまぁいいかと思ってしまうな。穆思遠って誰だっけ? あの成敗された浮気男は穆雲歌だったな。山河令はどうなったんだろ。
周子舒がどんどん綺麗になっていっているようなのはなんなのかしら。そこへ飛来する葉白衣先輩。出てくると安心感があるなぁ。温客行の嫌そうな顔も笑える。
葉白衣はいつまでも「秦懐章の弟子」呼び。人を食った様子が、温客行といい勝負で楽しい。そして語らずとも人の望みがわかるとはスゴすぎる。武器庫の鍵について語ってくれそうだ。
それにしても英雄大会、想像していたのと全く違っていた。
思えば温客行が英雄のことを評していた通りではあったので、その段階で気づくべきだったのだろうが……。曹司令(高崇)~~~、と別のドラマのキャラで呼びたくなるのは寂しさゆえか。
WOWOW放送:2021年9月30日(水)深夜
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▼仕事をしない主任だそうです。